2016-06-06 18.04.18


12月になってしまいましたね。師走感は全くありません。パンデミックの最中としか思えていません。まさかこんな年になるとは誰も思っていなかったでしょう。

今年は自分はまたヨーロッパに渡って、武者修行なんておこがましい言い方はできないが、色々と刺激を受けたいと思っていた矢先のコロナである。

だからといってそこで立ち止まるわけではなく、余り余った時間はいつもよりかは有意義に使えた部分も多いと思う。ダラダラしていた時間も多かったが、ゆっくり休めたというところもあるので悲観的には考えていない。

特に年をとると回復力が本当に鈍るのと、体がついてこないという所が本当に大きくのしかかり、言い訳にしかならないかも知れないがやることなすことが遅くなった。また面倒なこと、無駄なことは本当にやらなくなったのも確かである。

正直、仕事というのも面倒と思うこともあり、そんなことは若い頃なんて考えてもみなかった感情である。「仕事」と呼べるような事はしていないにも関わらず。

それでも唯一自分のケツを叩いてるのは「いかにしてもっと上手くなれるか」である。

演奏の話。

それだけがこのコロナ禍で生きるモチベーションになっている。楽器弾きで良かったと思っている今日この頃である。

もっといい音を出したいからいろいろ試してはいるのだが失敗することばかり。なかなか上手くいかないのが人生なのだろう。

楽器自体も元々は新作の楽器なので毎年成長している感はあるのだが、それに対して弾き手側が変化しないといけないので何とも難しい。

楽器が生き物なのか、人間が勝手にそう思って人間が変わっていってしまっているのか、謎な所は多いが毎日が苦しいし楽しい。



世の中はというと、感染者がまた増えて来て世の中が騒がしくなっている中でさらに飲食店などが閉店に追い込まれて行くという構図は変わらないようである。大手チェーン店などは軒並み店をたたんでいる。

仕方がないことである。店を開けていても客が戻らなければ儲けも生まれない。

しかしながら、前回の緊急事態宣言下でも店を開けていた所を何軒か知っているのだが、実は給付金をもらうより開けていた方が良かったという話を聞いた。政府の自粛お願いを聞かなかったことがその後の売り上げに繋がったという話です。

多くの店がしまっている中で細々と開けていた店には新しい常連が増えたという。あのような最中にも飲みに行きたい、食べに行きたいという輩は一定数いて、そういう人たちが訪れては「この店はこんな最中にも開いている」とそこのファンになったという。

元々客足が少ない店だったのが緊急事態宣言が開けて見たらその時に訪れてくれたお客様が新しい常連さんになってくれて結構忙しくなって売り上げアップということである。

実は補償金をもらうにあたっての条件に当てはまらない店もあったらしく、そういうお店は開けざるおえないと判断したそうです。廃業するのでなく、店を開け続けるという決断。

でも都内だとそういう店がいわゆる自粛警察なるものに嫌がらせを受けたりする事件もあったので、やはり店を開け続けられた所はラッキーだったのであろうと推察しますがね。多くの店がそういうわけにはいかなかったでしょう。

だからといって政府や自治体からのお願いを無視しろと言っている訳ではありません。実際には緊急事態宣言下で人が動かなかったのは感染拡大を防ぐには役に立ったのだから店を閉めるのは正解なわけなのでラッキーとかアンラッキーな話ではないのですがね。



メディアでは医療と経済を天秤にかけてワイワイと議論していますが、GO TOにしても政治家に陳情しない限り動かないのが世の中なのでやはり観光業界は強くて医療業界はそこまで強くないからGO TOを止められないということです。規模の差なのでしょう。飲食業界も然り。

普段から政治家に働きかけている所がこういう時に明暗を分けるということが多くの人が理解できれば、社会とはどういう風に動いているのかを冷静に知ることができれば今回のパンデミックも全てを悲観的に考える必要はない

多くの人に知ってもらいたいですね。自分の業界がこういう時にも守ってもらえるようにいつでも政治家などにパイプを持つことが如何に大切か。改めてGO TOを守ろうとしている政府の態度を見ながら思った次第です。



経済を取るのか、または命や医療を取るのかという問いかけが本当に正しいのかどうかも定かではないのですが、もし政府がキチンと統計を出してちゃんと判断しているのならば今の政策のやり方は間違っていない。でも統計が歪められていたり、統計を自分たちの都合のよう良いに判断しているのであればそれは間違った方向に進む。

当たり前の事を書いています。

で、本当の所はどうなの?という事ですよね。医療は逼迫しそうだと。これは間違いないであろう。では医療になぜお金をつぎ込まないのか?それが一つの疑問。自治体はやっているのかも知れませんが、国からはGO TOの話しか聞こえてこない。

もう一つは自殺者が増えている点。それも女性や子供。本当なの?本当ならばどうしてなのか、そしてどうすれば彼らを助けてあげられるのか。そういう事を政府や自治体はやっているのか?

この一年の死亡者の統計を詳しく出して判断して行動しないといけない。政府はそういうことやっているの?

最近本当に理解した事は、政府も自治体も国民から働きかけないと動かないという事。でも助けてと言えない人たちはどうするの?

自分も緊急事態宣言下で役所でいろいろ相談したが、本当に有り難かったと思う。行って良かったと思っている。でもそうやって「助けて」と言えない国民も少なからずいるはず。そういう人たちはこういう事態で見捨てられるのでしょうか?

マクロの視点とミクロの視点で考えるのは大事だが、マクロが立てばミクロが立たず、ミクロが立てばマクロが立たず、経済が立てば医療が立たず、医療が立てば経済が立たずという議論の堂々巡りがメディア上ではあちこちで聞こえてくるのだが、その議論はやっていて何か解決方法が出てくるのかそれこそ疑問である。

経済を救えば命も救えるというのは平和裡での話。今のパンデミック下では逆に天秤で計る議論になってしまう。決断できずにロビー活動する側に回るような政治家を選んでいる国民の責任もありますけどね。

政治家というのはそういうものであると言ってしまえばそれまでなのだが。

どちら側を決断しても「自分が責任を取る!」というちゃんとしたリーダーは生まれないものですかね、日本は。(苦笑)



というわけで悩みが尽きないのが人間の性であり、それが人間がなぜ生き延びているかの所以であるのだろう。

このご時世の中での悩みは深刻ではあるが、それとは別に人は大抵大した悩みをしていないという事も多いのである。もちろん健康や体での問題は深刻ではあるが、自分の悩みが実は他人には大した事でもないことが多いのもある。

人間は悩む葦(あし)である。ブレーズ・パスカルの「人間は考える葦である」よりも悩むという方が正しいかもしれない。悩みがあるから考えるのではないのでしょうか。

人間は自分の身に何か問題があると悩み考え解決していく。それが結局人間の性なのでしょう。実際多くのビジネスの中で「お悩み解決いたします!」というものが殆どかもしれません。

お金が必要で、お金が溜まってお金が増えるともっとお金が欲しくなるという欲望というのもありますが、人間社会が発展したのは欲望からという事もあるのですかね。

欲望と悩み。もう随分と生きてきた私には疲れる内容になってきました。惰性で生きるのがどれだけ楽か。(笑)かといって暇だとまた悩むのですよね。(笑)



世の中に色々な感情が入り乱れているのが見えて疲れる時があります。このご時世が続く限り収まりそうにないですね。酒飲んで寝ます。

それではまた!!






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