
緊急事態宣言第二回が始まって2週間くらい経ちましたがみなさんお元気ですか?
苦しい思いをしている方々がいる中で自分は大丈夫という人も多くいるという事実に悔しいなぁと思いつつ毎日を過ごしています。
自粛要請の出た飲食業界、そしてその界隈の業界が苦しい目に会っているわけですがライブハウス系も御多分に洩れず自粛の中にいるので私のようなフリーランスのミュージシャンは苦い思いをしております。
これを飲食業界「だけ」と心の底で思っている輩は結構多いと感じています。昼間に働いている人たちが多い社会ですからね。昼間の人の移動はそう変わらないという話なので家計的には痛みのない家族が多いと思うのは私だけではないはずです。
飲食店がこう自由も制限されてしまってはミュージシャンの仕事がさらに減ってしまって私だって不平は言いたいが、これはあくまで個人的な事なのですが、もしこの状態が一年も続いたらもう生活保護もありかなと思い始めています。
まだ自分は経済的には大丈夫なのですが、この先は分かりません。今まで好きなことだけやって生きてこれたので今更違う仕事やるのは御免蒙(こうむ)りたいのが私の願いです。
それに就職もした事がないアラフィフが受け入れられるほど優しい社会だとは思ってません。職歴がまずないですから履歴書に何もかけない。就職などは選択枠に出来ません。
実はそのような職でなくても、一人でネットで稼ぐ方法は何となく分かっているので今から始めれば1年後くらいにはそこそこ生活できるくらいには持っていけるとは思っています。
でもやる気が起きない。(笑)
音楽がやりたい一心でここまで来ましたからね。バイトもせずに音楽三昧で生きてこれたので周りの方々のおかげです。いつも感謝の毎日です。だからこの業界に早くまた活気が戻ってくれるように毎日静かに家でじっと手を見て祈る毎日です。(笑)
本題の話ですが、最近の陰謀論についてずいぶんとひどいなぁと思えて仕方がないのですが、それはやはり見たいものしか見ていない人間、信じたいものしか信じない人間が多くなったからなのではと感じているのです。
陰謀論もそうですが、一度ハマってしまうと心の奥底の感情と繋がってもうどうしようもなくなってしまうのです。これは陰謀論だけでなく、例えば宗教とかマルチビジネスとか。自己啓発系のものもそうです。
陰謀論については自分の現状や社会の現状に不満を持っている真面目な方々に多いようです。
かく言う私も昔はその傾向が強かったです。
※引き寄せの法則と自己啓発の嘘(リンク)
調べればどれだけ非科学的なのかはすぐにわかると思うような事柄が多いのも事実なのですが、回想してみると意外と出来なかったし調べ切れていなかった、そして上手い言葉に惑わされ信じて疑うこともしなくなったと言うのが正解です。
一度見たいものや信じたい考えなどを見つけてしまって「これだ!」と信じてしまうとそこばかりを中心に調べるようになってしまってあっという間に陰謀論者となってしまうのが実情だと思います。
そうなってしまう気持ちはよく分かります。
Qアノンが最近の流行りのようですが、私は実はよくわかっていません。別に知りたくものないですが。(笑)トランプ信者からの陰謀論?という感じでしょうか。フェイクニュースの最たるものなのでしょうか。
こればかりはIQとか頭の良い悪いだけで片付けられないという話をとある心理学者がAbemaニュースで言っていました。感情に植えつけられてしまうので、こうなるとどうしようもなくなる。
根っからの信者となるわけで他人が何を言っても、何の証拠を突きつけても無駄なのです。説得をしようとしてもすごい難しいと言う話は宗教関係とか心理学の中でも証明されています。
洗脳関係の話に繋がりますよね、きっと。陰謀論者は自己洗脳みたいなものなのですかね。
◆スマートフォンの普及から世界が変わった
残念ながら今の世の中はスマートフォンを通してネットでいくらでも自分が見たいものだけを見ることが可能になってしまった。みんなで一台のテレビを見るなんて事は無くなってしまった。
どうでしょう、1日でどれだけスマホを見ていますか?スマホ中毒になっていませんか?
昔は情報の発信源はメディアのみ。昔のメディアといえばテレビ、ラジオ、新聞、週刊誌、雑誌、本、映画等限られたものしかなかった。
その情報も有料なものも多かったので情報拡散の制約は今のネットに比べたらはるかに大きかったと思います。
もちろんその制約の中でも見たいものだけを見ることは可能ではあったが、大多数が似たような媒体から情報を得ているので同じ考えや感情を抱いている人が多かったのも事実です。
昔は一台のテレビを家族みんなで観ていましたよね。懐かしいです。
それが良いか悪いかは別として家族やコミュニティ、仲間という個人個人が近い環境であったのは間違いありません。
しかしいま懸念しているのはスマホによって個人個人の距離感が広くなってしまい、リアルの場でのコミュニケーションが減ってしまっている。家族間でも。
スマートフォンでコミュニケーションの世界である。
またスマホからはとにかく多種多様な情報が流れてくるし、調べる事もできる。そこから派生した問題の一つが陰謀論の蔓延なのではないのでしょうか。
リアルの場で多くのコミュニケーションが取れた時代はまだ極端に一方方向に偏る個人が沢山生まれて、SNSを通して自然と集まり社会不安を起こすことはなかったですよね?と1980年代や90年代を思い返しているのですが。
偏った集団として思い出されるのがオウム真理教。でもどちらかというとちゃんと練られた「集団」ですよね。今みたいな個人が自然と一つだけの目的だけでお互い会った事もないのに集まると言う事はなかったと思います。
1990年代後半にリアルのつながりの中でだけの情報がインターネットの幕開けで「バーチャル」という仮想空間が生まれ、その頃はまだネット利用者は少数精鋭だったのが2010年前後からスマホが発達して誰もがネットに繋がることのできる環境になりネット民がわんさか増えたと思います。
本当に老若男女がネットに繋がるようになったので、ある意味それはそれで良いことなのだが、バーチャル上だと幾らでも誰でも情報を垂れ流す事ができるから多くの人のポジショントークが蔓延してしまう。
つまり誰もが発信できてしまうのが良くも悪くもネット社会なのである。
そうなると何が何だかわからない混沌とした状況になるのは明らかですよね。しかしそれを上手く交通整理しようとしているのがグーグルなどの検索機能なのですが、良い方向に進んでいると思うのですがまだまだ道半ばなのでしょう。
とはいえ自分の知りたいキーワードでウェブ上で検索すればもう自分が見たいものだけを見ることは幾らでもできるのです、それも同じ考えを持ったサイトばかりを。
また簡単に個人間で繋がって情報交換もできるから素晴らしい情報もあれば明らかにやばい情報も容易に得る事ができます、それも国を簡単に越えて。
この状況を素晴らしいと見るのかやばいと見るのかは難しいですが、新しいイノベーションには人間社会の歪みを生む事も少なからずある。特にネットは緩い場だからこそリアル社会と違い、使い方ではとても有用なのだと言う人もいます。規制をかけ過ぎたらインターネットの良さがなくなると。
だからまぁ仕方がないと片付けてしまうべきなのかどうかそれは悩ましい。実際にはGoogleはできる限りフェイクニュースを排除して優良コンテンツを検索上位にできるよう度々アルゴリズムをアップデートされているので期待したい所ではあるのですがね。
ネットというよりもスマートフォンというものが発明されてから人と人との繋がり、リアルでの繋がりが随分と希薄になってきたという感じは否めません。スマホさえあればリアルの人間関係がなくても何とかなってしまうと。
確かにスマホがなかったら、ネットがなかったら間違いなく私は毎日どこかに飲み歩いていたであろう。(笑)
自分はそれこそここ数年は随分と海外に旅によく出かけてました。でもその旅で何が一番喜びであり不満かというと実はネット、スマホさえあれば人に聞かなくても何とか毎日を乗り切れてしまうという事。
スマホさえあれば人と人のリアルなコミュニケーションがなくても毎日を上手く乗り切ってしまえる点が良い点であり、悪い点でもあります。
実際パリで引きこもっていた事もありますが、全然問題なかったです。(笑)その代わり「俺、パリまで来て何してんだろう?」とは思いましたけどね。(笑)
旅というのはトラベルだけでなくトラブルあってこそ思い出となる事も多々ありますよね。大変な旅こそ後に大きな思い出として良い経験をしたと感じるものであります。
人の助け、親切心に触れてこそ人は成長するのだと私は自分の経験から感じています。
だから人には旅を勧めています。
それも知らない場所への旅。子には旅をさせよとは良く言ったものである。色々な体験ができてその体験を通して人は成長できるのです。
しかしスマホは一人でも生きれるためのツールを与えてしまったと思っています。
そうなるとリアルで人に会う機会が減るのであるから共同体意識、仲間意識はさらに薄れることは間違いないと思っています。そこから人間の心が荒んでくるのではないのではと危惧している。
宮台真司先生が仰る「感情の劣化」とはよく言ったものです。
人間はどこかで人と接していたい。接しているべきなのです。それがリアルでなくバーチャルに取って代わってきている世の中でそれが本当に人間社会にとって幸せなのか?
もっと時間が経たないとわからないことなのかも知れません。
しかし今では誰でもネットにアクセスできる世の中になって情弱者や社会に不満を持っている人たちの心の隙間に攻め入るように詐欺や陰謀論が横行しているひどさが、この頭の弱い私にでも分かるようになってきました。
ネットはまだまだリテラシーなどない世界だと痛感するところでありますが、それでも誰でもネットにアクセスできるのは素晴らしい事なのかもしれません。
しかしながらネットに沢山ある落とし穴を回避するために、情報を取捨選択できるようにするためには色々なものを見て経験していくしかないのでしょう。
メディアの選択が少なかった世界では不便ではあったかもしれないが、リアルでの人との繋がりが密だった中で自然と人と人との心の支えが多かったと思っています。あくまでそれは私の感覚でありますが。
それがバーチャルの世界で果たして成り立つのかどうかをこれから先も見ていきたいと思う。選択枠が多ければ多いほど人間は幸せになるのかそれとも混乱させるだけなのか。
私は基本的には人間性悪説の方を強く感じているので、また9割以上が頭が悪い人間だと思っているのでネット上の詐欺や陰謀論に関しては全く楽観してはいない。そういうスタンスでネット上の情報を見ています。
TVのようなメジャーなメディア上での有識者やらのポジショントークが横行しているのを見て何が正しいかなんて頭の悪い人間が選べるわけがないと思いませんか。だから誰でもポジショントークして良いのだ!とわけなわからない国民主権党やらQアノン、日本だとQアノンJapanというのかな?そういう輩が湧いてくるのである。
TV番組は本当に良くない。落合陽一さんの言っている「短期的な結果だけでポジショントークしている番組がよくない」事がテレビでは本当に多すぎる。
Mr サンデー 5月10日 落合陽一xひろゆき 論破!ぶった切る!(Youtubeリンク)
と言うわけでネット社会を含め、今のメディアのあり方には疑問を呈しつつ「なんか社会はよくない方向に向かっているかもね」と思う気持ちを書いてみました。
根っこには人々の不安や不満感情があるという事なのです。それを解決してあげるのが政治家の役目なのですけどね、特にこのご時世では。
日本の政治はなぁ・・・
それでも国には、このコロナ禍で自分自身の身は自分自身で守らないといけないというサバイバル状況に巻き込まれている人たちや、本当に窮地に陥っている人たちに手厚い補償を是非お願いしたい所です。
私はと言うと、まだまだ好きなことを集中して楽しむだけである!と今日の暗い天気の中で思った次第です。
それではまた!!

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