アラフィフ「お一人様」気ままな人生

旅行日記、自分の仕事で学んだ事、お気楽人生観、その他いろいろ


監督 モルテン・ティルドゥム
主演 ベネディクト・カンバーバッチ、キーラ・ナイトレイ、マシュー・グード

これはイギリスの第二次世界大戦戦争中のほぼドキュメンタリー映画と言っても良いかもしれません。実話を元にした映画です。


イミテーション・ゲーム/エニグマと天才学者の秘密


天才数学者アラン・チューリングの物語。

ドイツ軍の世界最強の暗号「エニグマ」を解読した男。そしてその事を英国政府が50年以上も隠し続けたというのだから、「じゃぁ、見てやろうか!!」と望んだわけです。(笑)

映画の中では彼の作った「クリストファー」という暗号解読システムがのちのコンピューターの原型となったそうです。実際の暗号解読マシンは「Bombe」というものです。詳しくは下のリンクで。


アラン・チューリング by Wikipedia


今だったらそのシステム理解できそうだから調べて見たいと思ったのですけど、このWikipediaのリンクを見て諦めました。相当数学に長けていないと無理ですね。(笑)

映画のジャンルとしてはドラマ、サスペンス、歴史物ということになります。

天才といわれる彼らはやはりちょっと変な人?なのかも知れませんが、天才でコミュニケーション能力が高い人はそうそういません。

いるのですけどね。(笑)

そういう両方に長けている人に出会って見たいとは思いますが、アランのような天才でちょっと変な人が一番題材としては役に立つのだろうと思います。

disってるわけではないですからね。(笑)実際彼が変人だったかどうかなんて今は誰も分からないのですから。

そしてこの時代、イギリスのゲイに対する扱われ方の酷さはびっくりしました。それも一つのテーマとなっているのかも知れません。

その当時は同性愛が違法だったなんて。信じられませんよね。

彼は41歳で亡くなっている。自殺か、それとも事故だったのか誰にも分からない。

悲しい運命を辿って行った一人の天才の物語でした。

この映画の中では色々なところで脚色していますので、あくまでも事実をベースとした物語なのでお忘れなく。この映画を観て本当の事実を知りたければWikipediaや色々な媒体で調べて見てください。


これはまたオススメの映画ですね。良い映画でした。アマゾンプライムビデオおそるべし。




下のリンクもポチッとヨロシクね!!


映画レビューランキング


監督はジョン・マッデン、
主演はジェシカ・チャステイン、マーク・ストロング、サム・ウォーターストンのサスペンス映画。

「女神の見えざる手」(Amazon Prime Videoより)

簡単に言ってしまうと、大手ロビー会社の敏腕女性社員が自分の信念を曲げてまでの仕事は受けずに部下を連れて小規模のロビー会社に移って、銃規制法案を通そうとするのだがそのやり方がすごい事。いろいろなどんでん返しがあってなかなか見応えがある映画でした。

現実ではここまでは上手くいくとは思わないですが、法律を犯してまでのやり方には問題あるでしょうが、銃規制法案というトピックはアメリカではかなりの分厚い壁なので、現実との対比としてはアメリカ人がどう受け止めているのか興味はあります。

オススメ映画ですね、サスペンス物に興味がある方は。私は最初はなんかなぁと思って見ていたのですが、次第にのめり込んでいきました。ドンデン返しさせるストーリーがなかなか秀逸でした。

俳優等も素晴らしかったし、脚本ですよね、素晴らしいのは。

でもこの分野の、いわゆる頭いい系の人たちの英語の使い方は本当にわからない。言い回しをこんな風に言われるともうさっぱり。留学経験ある私でも全く。(笑)

私はジャズ科でしたからね。ある意味バカばかり。(笑)

実はもう随分前から思っていたのですが、アメリカではこの語彙力と身分は比例しているのだとこの映画を見てまた痛感させられました。

地位の高い人の英語って本当に難しくてわからないのです。

多分、アメリカではそこに階級差を見て取れるのではと思っています。わかりやすい英語喋っている人=学歴が低い=収入が低い。

日本では何故かその部分ではあまり差を感じないのですが、アメリカでは顕著に出てますね。

その例外はただ一人、トランプですね。

アメリカ人が中学生レベルの英語って言っているのですから。歴代アメリカ人で私にとっては一番何言っているか分かる大統領です。それじゃダメなんですけどね。

語彙力とはユーモアの使い方とか、ハイクラスの人たちの英語の使い方を勉強するにはいい映画だと思っています。いい教材ですよ。

でもアメリカ英語だから言葉は聞き取れますけどね。意味が分からない所は多々あって、字幕スーパーと見比べて驚く所は多かったです。

イギリス人の英語はまた全然違いますよね。その例としての映画を次の記事で紹介しますね。


しかし、アマゾンプライムは良いですね。映画もいろいろ見れるから。アマゾンおそるべしです。



下のリンクもポチッとヨロシクね!!
映画レビューランキング



小学校の頃で近くの大きな街となると町田に行くか永山に行くかのどちらかだった。それこそ連れて行かれてどうなるかというと、おもちゃ売り場でずーっと時間を潰して両親の買い物が終わるのを待っていた。

今では信じられないことだと思うのだが、小学生でもほとんど放置されても大丈夫だった時代。今ならまずありえない事ですよね。

もう楽しくて仕方がない時間でした。

しかしながら、思い出せないのだがいつの頃か音楽に興味を持ち始めた。

覚えているのが、テレビでみた「レイジー」というバンド。カッコよかった。

どこでそうなったか分からないが、小学校5年生くらいの頃だと思う。「明星」という音楽雑誌を買っていた時期があった。付録で曲の譜面がたくさん入った本があって、それは自分のその当時のバイブルみたいな存在だったかもしれない。大学の頃まで持っていた。

その中の洋楽の部門にあった「London Town」という譜面。これはポールマッカートニーが書いて歌っていた曲である。これが好きだった。

その後、なぜか学校の友達でもあり、野球クラブの友達でもあった島田君の家に遊びに行った機会に聞かせてくれた「ビートルズ」。これがしびれまくりでした。聞いたことのない音で、もう興奮しっぱなしでした。

なぜか島田くんの家にはビートルズのアルバムがあったのか分からないのだが、多分彼の父親が好きだったのでしょう。

この出会いは大きかったです。ここから楽器を弾きたいという情熱にかられて、父親がなぜか持っていたガットギターを弾き始めた。

それでも教則本が古賀政男先生のだからもう古すぎて。(笑)だからでしょうか、明星を書い始めたのは。

小さい頃にエレクトーンを習っていたからなのか、なぜかコードの仕組みだけは知っていてすんなりと音楽を始められたのかなと思っています。これは有り難かったです。初心者でコードが分からなくて苦労している人を結構見てきたので、私がその事で苦しまなかったのは今でも親に感謝しています。

小学校5、6年の頃に学校が楽しくなってスイミングスクールに通うことも無くなってしまったのだが、なぜか知らないのだが親はどうしてもスポーツをやらせたかったらしい。兄は全然何もやっていないのになんで俺だけ?と思っていた。それは今でもなぜか分からないし、わざわざ聞く事でもないかと思っている。

でもその野球クラブで知り合った友達がいなかったらビートルズを知ることはなかったかもしれない。

・・・ことはないかな?(笑)遅かれ早かれ知っていたと思う。

なので野球もやっていたけど、ギターを父に買ってもらって弾いていた。しかしこれが弾きにくいギターで、後々自分で改造して弾きやすくした。

細かくいうと、ナットが高すぎてFのコードが弾けなかった。(笑)Fはどうしても人差し指一本で6本の弦を押さえなくてはいけなくて、ギターを始める人にはまず最初の難関であります。しかしあまりにもナットが高くていつまでもFが弾けなくて、「これはおかしいぞ」と思って自分で低めのナットを買って付け替えました。それで難なく弾けるようになりましたが。

小学校の時はそこまで入れ込んでたわけでもなかったのか、小学生でしたから遊びに野球にギターですから全てが中途半端でしたね。

でも今でも覚えているのですが、町田の駅近辺に「TAHARA」という楽器屋があって車でいつも前を通るのですが、もうそれを見るだけで結構興奮していたと思います。今ではよくある光景なのですが、店の中たくさんのギターが所狭しと並んでいるし、壁に掛かっている。

でも結局父が買ってくれたのはフォークギターだったのでちょっとガッカリだったのですけどね。

その「TAHARA」は後々の中学、高校生の頃には随分とお世話になったのですが。

小学校の頃は一人でやっていて、バンドを組んだのは中学校2年になる頃である。それまではこれを職業にしたいとは思ってなかった。

漫画も好きだったし、アニメーションも好きだった。絵を描くのもそんなに嫌いではなかった。

小学校の頃は無邪気だったが、中学校の頃には本気になり始めた。

中学校2年生の時にクラスメートがエレキギターを買ったという話を聞いて、約束もせずにある日その友達のところに訪ねて行った。

その時に何故かもう一人同じ同級生がいて二人からバンドやろうという話になった。彼ら二人はギターだったから結局自分がベースを弾く羽目になった。

これが私のベーシストとしての始まりでした。

楽器が買えないからと先輩からベースを借りて来てくれた。しばらくそれを弾いていた。でも何故か最初に左利きで弾いていた。

ポールマッカートニーの真似をしようとしていた。

しかし、全然弾けなくてしばらくたってから右利きに戻したらなんのことはない、余裕で弾けたのである。

ガックリであった。

その友達と3人と、もう一人ドラマーをその仲間は連れて来た。

その4人で始めたのだが、自分の中ではもしバンド仲間でなかったら仲良くなってなかったろうなという連中であった。特にドラマーに関しては校内暴力沙汰で警察に捕まってしまって、メンバーから外れてもらった。

で、もう一人ドラマーで連れて来たのは、どう見てもドラムなんて叩けるの?という背も小さいし細いし青白いし、正直どうなの?と思ったのだが意外と叩けた。深澤という奴だった。

最初のドラマーはヤンキーだし、人は見かけに寄らないんだなぁと思っていた頃である。

バンド名は「雷神」。(笑)どうしてそうなったか忘れた。「The God of Thunder」だったかな、英語で。最初はKissのコピーをやっていた。何故か俺が歌っていたけど。(笑)

Kiss、そして何故かオフコース、マイケルシェンカーグループとかね。やっている曲のジャンルは支離滅裂だった。好きなのを持ち込んで来てやっていたかな。

同世代でもう一つバンドがあって、そちらの方が自分は人間的には合っていたと思う。ただ知り合ったのが遅かったしクラスが違ったからという所もあった。そこのギターは上手かったし、お兄さんがバンド活動やっていたらしいから、家にもう演奏できるスベースが出来上がっていて羨ましかった。

私のバンドは練習場所もスタジオを借りるのにもお金がかかるし、一度は無料の文化センターの一室を借りてやったのだがドラムセットのベースドラムを支える棒の先で絨毯を傷つけてしまって一発で出入り禁止になった。

そんな色々な事がありながらも中学校でのバンド活動はそれなりに楽しかったし、並行してアニメーターにでもなろうかなんて思っていたけど、やはり友達に絵が上手い奴がいて叶わないと思って最後の最後にやめてしまった。

音楽一本に絞った、中学校3年生の頃でした。

何故か楽器だと自分より上手い人を見てもめげなかったのが、今日まで楽器を弾き続けてこれた理由でもあります。「練習すればそんなの超えられるよ」という根拠がない自信を持っていました。(笑)それは今でもそういう所があります。(笑)

他の事はすぐに諦めてしまっていました。

バンドはというと最後の最後にメンバーの一人が「横浜銀蝿」がやりたいと行って来て俺が有無を言わさず「やりたくない!」と言ってそのまま自然に解散してしまった。

もう高校進学の前の時期だったからちょうど良かったのですけどね。

中学最後の文化祭の時に音楽室で録画したものを流して盛り上がっていたらしいのだが(自分は忙しかったのかその様子は見れなかった)、まだそのテープ持っている人いるのかなぁ。VHSのビデオテープだけどね。(笑)

前の年まではバンドが音楽室で演奏しても良かったのだが、自分が3年の時に生演奏が廃止になってしまって、直談判して録画で流すのはOKを貰ったという経緯だったのかな。あまり覚えていないのだが。

体育館でも演奏した覚えがあるのだが、うーん、もう忘れた。

それとは別に、部活はバレーボール部だったのですけどね。(笑)そこでもいじめにあって途中で辞めましたけどね。


まぁ、それなりに面白い中学校生活でしたよ。




(下のバナーのクリックもヨロシクね!)


ジャズランキング


ベースランキング

このページのトップヘ